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カウナス戦役 - 19

 暗闇の中で足音が聞こえ、囚われの暗殺者は目覚めた。
 時間の感覚など判らないがルベルのいう翌日とやらが来たのだろう。
(四人か)
 足音から人数を判断する。斬首か絞首か火刑かは判らないが、大人しく受ける気は無かった。
 靴の裏から鋼線を取り出すと、目を瞑り隠惑の魔法を思い描いた。
「幻惑候Sigismundよ、汝が姿を我が物とせよ」
 魔法の祝詞は精神集中の為の定型文だ、実際に悪魔が力を貸すわけではない。少なくともγはそう聞いていた。触媒の指輪は奪われていたが、いつも以上の魔力の放出の感覚を感じ、γは目を開いた。
 近づいた足音が止まった。鉄格子の向こうにカンテラの光に浮かび上がった人影が四つ。
「時間だ、起きろ」
 いつもの看守が牢の中に告げる。
「まだ寝ているのか?」
 看守が鉄格子の傍まで近づいた。彼の腰に鍵束があるのを確認すると、γの手から鋼線が舞った。
(起きてるさ)
「な……う?」
 何が起こったのかも理解できていない看守に対し、γは彼の首に巻きついた鋼線を更に締め上げた。崩れ落ちる看守。
「貴様!」
「何を!」
 男達がざわめき、腰に帯びた剣を抜きボウガンを構えた。カンテラを掲げて牢の中を伺う男達。鉄格子越しに撃ちもせず切りかかってもこないのは慎重なのか。
(……まだ隠惑が解けていないのか?)
 看守を絞め殺した際に魔法への集中は失っていた。本来ならばたちどころに姿が現れ、自分に斬撃が殺到するはずだった。
 が、男達の視線は光に照らされた自分を見ていなかった。
(それなら都合がいい)
 γは昏睡した看守から鍵を奪うとそのまま鍵を開けた。一人が無きに等しい気配を頼りに剣を振り回す。だが直ぐに彼は看守と同じ運命を辿った。
(ついてない役回りだったな)
 見当外れの場所に狙い撃ったボウガンの矢が壁に突き刺さる。
 同時に暗殺者は落ちた剣を拾い、壁を蹴り射手に斬撃を放つ。汚い悲鳴と血しぶきを上げて射手は絶命した。
「くそっ!」
 最後に残った男は剣とカンテラと仲間を捨て、背を向けて走り出した。応援を呼ぶための冷静な判断だったが、数秒後には背に剣を突き立てられ仲間達に続いた。
 何か重大な違和感を感じつつ。ふう、とため息一つついてγは思案した。これからどうすべきか。
 帰る場所など無いが――。
「とりあえず、逃げるか」

 太陽の位置からして外は朝だったらしい。
 程なくして大騒ぎとなったルベルの館を尻目に、γは街の中に消えた。


 夕刻。領主の館の庭の薔薇園にγは佇んでいた。任務の事などは既に思考から抜け落ちている。何故ここに来たのかは自分でも説明が出来なかった。
「幻惑候の呪い、か」
 自分が世界から疎外されていることに気がついたのは館を脱出してすぐの事だった。一時的に姿を消すだけの魔法だったはずが、今では誰も自分の姿を見ることが出来ず。そして誰も自分の声を聞くことが出来ない。手鏡や水面にも自分の姿が映らなかった。
 自分を探す衛兵は自分の傍を素通りし、露天商の売り子は自分の声に気がつかない。人も馬も自分を避けて通るようなことはせず、物音を立てても不思議がられるだけで自分の存在には気がつかない。
「それとも、一族からの役立たずへの呪いかな」
「……どうしたの?」
 自分に向けられた少女の声。振り返ると怪訝な顔をした白の姫が立っていた。
 あの時と同じ赤玉石の瞳がγを呪縛する。
「俺が見えるのか」
「はい」
「何故?」
「わかりません」
「俺が怖くないのか」
「怖いです」
「何故逃げない」
「逃げてほしくないんでしょう?」
「君の名前は?」
「ネージュ・レヴィ=ブリュールです」
「俺はγだ」
 いつの間にかγはまるで騎士のようにネージュの前に跪いていた。ネージュは戸惑っていたが、すぐに微笑んで忠誠を受け入れた。
「私を殺した責任、取ってくださいね」
 彼女は、いつか言ってみたいと思っていた言葉を彼の耳元で呟いた。
「……ああ」
 自分は魅了の魔法でも使われているのだろうか。白の姫の姿を見るのが、そして声を聞くのが心地よかった。
 少なくとも、自分と世界を繋ぐのは彼女だけだった。
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