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カウナス戦役 - 18


 ルベル・ゲーリング男爵の館には地下牢というものがある。
 一切の光の射さない闇の世界を、カンテラの光とともに二人分の足音が響く。
 トーガを着た牛蛙と陰口を囁かれるルベルが看守を従え、目的の牢へと向かう。
 鉄格子の向こう、その部屋の主はふてぶてしく寝転がっていたが、カンテラの光に反応して顔を上げた。
「ご機嫌は如何かね?」
 ルベルが下品な笑みのまま尋ねる。だが目は笑ってはいなかった。
「悪くは無いね。ここは寒くも暑くも無いし、雨露も凌げ食事つきだ」
 檻の中の若い男が軽口を返す。
「貴様の名前は?」
「さあね……、γとは呼ばれていたが。これは名前なのかな?」
「お前の雇い主は?」
「俺の教官だ。υと呼ばれている。どんな奴かは知らん」
「お前の所属は?」
「さぁ? 一族とか里とか呼んでいたが名前は知らん」
「お前は里は何処にある?」
「知らない。目隠しをされて馬で運ばれたからな」
「今までもか、この街にもか」
「そうさ」
「どうやって逃げるつもりだった?」
「迎えが来る予定だった。誰かはわからん」
「つまり何も知らないということだな?」
「そういうこった」
 若い男に笑顔でルベルは宣告した。
「よく解かった。お前は処刑だ」
「それだけは勘弁を」
 男爵は持っていたカンテラを暗殺者に叩き付けた。
「ネージュ姫を傷つけた罪は万死に値する……!」
 ぴくりとγが反応した。
「……あの子は死んだか?」
「心臓は貫通していない」
 そうか、と呟いてγは不貞腐れたかのように向こうを向いた。
「明日、お前の処刑を執り行う」
 それだけ言うとルベルは用は無いとばかり踵を返した。
 慌てて看守が代わりの灯りを点け主人に追従する。
 再び無音の闇の牢獄に一人残されたγは何事か呟いていたが、すぐに寝息を立て始めた。

 地下から戻るとルベルはベッドに横たわりつつウオッカを杯に注いだ。
 すぅーと一息に飲み干し、思案に暮れる。
 ビリニュスは典型的な城塞都市だ。外敵から身を護るために城壁が廻らされている。夜は城門は閉じられるし、昼も自由に出入りできるものでもない。秘密裏に入るルートは限られている。
 暗殺者を差し向けるだけの能力と動機を持ったもの。
「……ベルトリッチか」
 ルベルはそう結論付けた。第四軍の馬車にでも忍び込めば入ることは楽なものだろう。そして街から出ることも。
 ルベルはテーブルの上に散乱した書類から白の姫の肖像を取り出し、しばし眺めていたが、ノックの音がすると慌てて書類の中に隠した。
「誰だ」
「僕ですよ」
「若造か、入れ」
「何時になったら名前覚えてくれるんですか」
 苦笑しつつリューゼルが寝室に入った。貴公子然とした雰囲気のまま、足元に気をつけつつ椅子に座る。床にも書類の束が散乱してうかつに歩けないのだ。重要書類なので誰も寝室には入れない為、年々足の踏み場が無くなっていく。
「暗殺者は唯の鉄砲玉だった。明日処分する。で、ルーミスの動きは?」
「いつもどおりですね。いつもどおりを装っているのかもしれませんが」
「まあ、奴は腹芸するような性格ではないだろう」
 やる気の無さそうな肥満体の男の問いに、金髪の優美な行商人がテーブルの書類を整理しつつ受け答えた。
「それより、ネージュ様がお目覚めになりましたよ」
「何!? 速く言え!」
 立ち上がろうとしたルベルをリューゼルが手を上げて制した。
「もう日付が変った刻です。姫君は侯爵様とお休み中です」
「そうか……まあ喜ばしいことだ」
「随分とご執心ですね。エディト嬢やヴィットーリア嬢はいいのですか?」
 意外そうに、リューゼルは書類の整理の手を止めて言った。
「金でこんな醜怪な男に媚びる売女どもと姫を一緒にするな」
 自覚はあるのか……と苦笑しつつリューゼルは同意した。
「この姿はな」
 リューゼルの苦笑の意味を察し、ルベルはウオッカをまた注ぎながら笑った。
「呪いなのさ」
「呪い?」
「真実の姿はとても格好いい紳士様なのだよ」
「それなら僕と男爵はライバルですね」
 二人は吹き出し、笑いながら二つのグラスにウオッカを注いだ。
「姫君のために」
「カウナスのために」
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