スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カウナス戦役 - 17

「ルーミス殿。夜遅くこの雨の中をご苦労様です」
 クラウス・ゲーベンバウアー侯爵は、雨に濡れた赤い鎧と焦げ茶のマントの巨漢の騎士を、労う様に出迎えた。
「任務ですので」
 騎士は持成しを辞し、急使からの届け物を懐から取り出す。
 老侯爵は厳しい顔でその騎士からの封筒を受け取った。蜜蝋と正式印による封印、そして差出人名としてマリア・ベルトリッチの名前は侯爵を戦慄させた。
「……確かに頂きました。明日にはお返事致しましょう」
「確かにお届けしました。では明日に」
 礼をして踵を返し遠ざかる騎士。
 息子が生きていればあの位の歳だろうか。そんな事をふと思いつつ後姿を見やると、政務室の扉を閉じた。そのまま内側から鍵をかける。
「……」
 無言でマホガニー製の政務机に座り、引き出しをあけると金色の鋏が姿を現した。慎重に封を切る。
 中から現れたのは数枚の羊皮紙による文書。

 敬愛するゲーベンバウアー侯爵へ
 侯爵殿に帝国と皇帝陛下、その勅命である十万人徴兵令への叛意を噂するものがいる。
 根も葉もない噂だと判断していたがこのたび重大な証人が現れた。
 私ベルトリッチは貴公の帝国への忠誠に微塵の疑いも無く、貴公の立場を護りたく思う。
 ついては、調査の為アヒカール城塞へご足労をお願いしたい。
 よい返事を期待している。

「勘がいいのか……。揺さぶりを掛けに来たかな」
 手紙を読みながら、一人呟く。計画は周到だ。周囲には断片的な情報と命令しか与えず、ルベルとリューゼルしか全貌は知らない。
 ではベルトリッチは何処まで知っているのか。
 それが侯爵の疑問だった。自分の出方を見るようなこの手紙。恐らく確信がないのだろう。重大な証人とやらが本当にいるのならすぐさま自分を捕縛すればいいのだ。
(これがカードならば面白いのだがね)
 老侯爵に暗い笑みが浮かんだ。伊達に粛清狂いの先帝の治世を潜り抜けた自分ではない。彼はベルトリッチを高く評価していたが経験という点に於いては負けてはいない。
 この手紙はベルトリッチにとっては牽制の一手だろう。
 我々は牽制にすら翻弄される立場。カードの質は圧倒的に不利だったが、屑札がエースを屠ることもあるのだ。
(……だが今は時間を稼がなければならない)
 クラル海交易の合間にルベルは交易商ロリエから武具や弾薬、そして魔法の触媒を僅かずつ密輸していた。十分な数が揃うまでは動くことは出来ない。

 時間を確認すると侯爵は書類を片付け、窓の傍に飾られた白い花を手に取った。宴の席で倒れた白の姫を思い出す。
(……あの暗殺者もベルトリッチか?)
(リューゼルの血脈も知っている?)
 そうだとすればベルトリッチの嗅覚は尋常ではない。
「……ふ、まさか……」
 今日はもう眠ろうと扉を開ける。

「ただいま。クラウス様」
 扉の向こうには白い夜着を着た絶世の美少女が侯爵を待っていた。
「……おかえり。ネージュ」
 侯爵の裾をぎゅっと握り、身体を預ける。
「お傍に置いて下さいね。クラウス様」
 ここに来るために何か大切な物を捨てた少女の声と瞳。
「……お前の居場所はここだよ」
 いとおしげに髪を撫でながら彼女の願いを叶える。
 自分が若ければ狂おしい感情に身を焦がしたかもしれない。
 だが自分はクラウス様である前にゲーベンバウアー侯爵だった。
スポンサーサイト

Comments

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。