スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カウナス戦役 - 15

 夕暮れの公園には茜以外に人影は無かった。
 ベンチに座り、時計を見る。…午後6時。
(……寒い)
 あの世界と同じく、この世界も季節は秋だった。制服とコート一枚の茜に冷たい風が吹く。茜はアルビノの頼りない外見の通り、身体が弱かった。
(……クラウス様)
 身体を縮こませて、愛しい人の姿を重い浮かべる。愛しい人。孫ほども歳の離れた老人を自分は好きになったのだろうか。解からないが、侯爵の前の自分は笑顔だった気がする。そして現実世界の自分の表情は凍り付いていた。
(リューゼル……ルベル……)
 四人で笑いあったお茶会を思い出しつつ、冷たくなった自分の指を見る。薄紫に塗った爪も、豪奢な白銀の髪も、理想の体型も元に戻っている。


 夢だったのだろう。


「……神様お願い」
 小さく呟いた。

「こんばんは」

 見上げると、茜の目の前に白いローブを纏った女が立っていた。
 ローブ。“向こう側”の衣装だ。長い杖を抱えつかつかと茜に歩み寄る。歩く姿だけで人を魅了できるかのような優美な美女だった。
「夢を見たでしょう?」
 女は優しい柔らかい声で語りかけた。茜は動けなかった。紫水晶のような美しい瞳に射抜かれ、蛇に睨まれた蛙のように凍りついた。
「……はい」
 戸惑いながらそう答える。女はにこやかに微笑みながら続けた。
「私はジャスリー。悪魔です」
「……悪魔?」
「ええ、悪魔」
 逃げなければ。
 直感的に茜はそう思った。そうしなければ、自分はこの悪魔の虜となる。だが身体は自分のものでないかのように動かない。
 震える少女に悪魔はゆっくり華奢な手を差し伸べた。
「……もう一度、夢を見ませんか?」
 恋人に囁くような甘い声で悪魔が言った。
「ただし、もう二度と目覚めることはできなくなります」
「……」
 悪魔の言葉が心に染みていく。一瞬の逡巡の後、肉体に次いで精神が魂を裏切った。
 震えながら手を伸ばし、悪魔の手を取る。柔らかい、暖かい手。
「……ぁ」
「……可愛い子」
 悪魔に手を引かれ、両の手で抱きしめられる。母が娘を、姉が妹を愛しむ様に。
 薔薇の香りと暖かな温もりが茜を包む。その心地よさに次第に眠くなっていく。何時しか身体の震えは止まっていた。
「良いものをあげますね」
 悪魔が虚空から宝石を散りばめた王冠のような黄金の髪飾りを取り出した。茜は目を閉じ、それが髪に載せられるのを待った。
「あぁ……あ……私……」
 ティアラが載せられた時、全身に快感が走った。髪がスルスルと伸びていくのが解かる。胸や腰が艶めかしく変化していく。くすくすと悪魔が笑っている。目を開けると悪魔の瞳の中に赤玉石の瞳の美少女が映っていた。紫水晶と赤玉石の瞳が近づき、唇が触れる。官能が少女の変貌を加速させる。


「……貴方の名前は?」
 生まれ変わった少女をよしよしなでなでしながら悪魔が問うた。
「ネージュ・レヴィ=ブリュールです。……ジャスリー様」
 薄れ行く意識の中で、きっと今の私は笑顔なんだろうな。とネージュは思った。悪魔の胸の中で眠りに堕ちていく。
「ようこそ、闇の世界へ」
 悪魔が囁いた。
スポンサーサイト

Comments

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。