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カウナス戦役 - 14

 けたたましい金属音がして、少女は目を覚ました。
「ううっ……!」
 金属音が止まらず少女は混乱したが、枕元に目覚ましを見つけると慌ててボタンを叩いた。
 音が止まる。代わりに秒針が進む音がかすかに聞こえてくる。
 窓から差し込む朝日。遠くを走る車の音。雀の声。
「……」
 呆然と周りを見渡す。
 目に見えるものは見知った部屋。
「……夢だったの……」
 この世界ではネージュではないのだ。自分の名は山下茜。
 そして茜は朝が嫌いだった。
(今日も学校ね)
 ふぅ。とため息を一つ。ここには優しく起こしてくれる使用人はいないのだ。
 制服に着替え、トースターに食パンを放り込んで目盛を五分に合わせる。小さな冷蔵庫からマーガリンを出し、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れ始めた。
「……」
 黙ってパンを胃袋に放り込み、コーヒーで流し込む。茜はパンが嫌いだった。自分の口に合うものを必死に探してくれた料理長の顔を思い出す。

 パン一枚の朝食を無理やり終えると鞄を持って安アパートの玄関を開けた。そしていつもの道を歩き始めた。茜が歩き始めて数分で、いつもすれ違う女がいた。
「……」
 派手な衣服に濃い化粧、そして酒の匂いを撒き散らす仕事帰りの母親と、黙ってすれ違う。
 茜は母子家庭だが親子仲は険悪だった。学が無く、若い頃から遊びまわる母親。茜は自分の父親の名前も知らない。
 そんな母親を嫌って家出をしたことも一度や二度ではない。だが結局は親に頼らなければ生活もできないのが現実だった。

「1939年11月、ソ連軍がフィンランドに侵攻……。ソ連が苦戦して翌年3月に停戦。これは冬戦争と言われた。テストに出るぞ」
 歴史教師がやる気の無さそうに講義をしている。
 つまらない学校につまらない授業。友人は少なく、親友はいなかった。身体が弱く、休み勝ちな為成績も芳しくない。茜は学校が嫌いだった。

「――山下さん?」
「……はい?」
「授業終わりましたよ?」
 放課後。気がつけば外は夕焼け、教室には誰もいない。
 声を掛けてきたのはあまり覚えの無いクラスメイトだった。
「ごめんなさい。帰らないと」
 がさごそと教科書を鞄に詰め込む。
「どうしたんですか? 今日一日ぼうっとしてましたけど」
「……夢を見たんです」
 茜は弱々しく微笑んだ。

 夕暮れの中、一人で帰宅する。母親のいる家に帰るのは気が重い。
 ドアノブに手をかけると男の声が聞こえてきた。母の情夫の声だ。
 茜は自分を舐めるように見るこの男が嫌いだった。
 バチッ!! ドアの向こうから耳慣れない音が聞こえてくる。
 くぐもった母親の声。ヒュッと音がしたと思うと再度バチッ!という破裂音。
「……」
 茜は俯いた。それが何の音か心当たりがあった。ドアノブから手を離し、身を翻すと足早に立ち去る。鞭で打たれている母親など見たくは無い。


 茜はこの世界が嫌いだった。
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