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カウナス戦役 - 12

ベイロス帝国の治世の基本は恐怖による統治である。
愛とか友情などというものはすぐに壊れるが恐怖は長続きする。
皇帝家は圧倒的な力を持って諸侯を率いねばならないのだ。

粛清、密告、暗殺、そして狂信。
諸侯は皇帝の顔色を伺い、そして皇帝は特権を下賜する。
領民から、属領から様々なものを収奪し、帝都は栄える。
そうしてこの帝国は結束を保ってきた。これからもそうであろう。

かくして暗殺を生業とする一族が生まれた。
皇帝や貴族に仕え、主君の見えざる手として障害を排除する。

彼は暗殺者だった。特に理由はない。生まれがその一族だったからだ。
彼には名前も無かった。そんなものはこの仕事に不要だ。
あるのは識別するための記号。三番目を意味するγという記号。

今回の仕事は比較的簡単だ。警備が厳重な要人という訳でもない。
狙われている自覚も無い。屈強の戦士という訳でもない。
そしてγには暗殺者として天性の才があった。

魔法の才である。それもかなり限定的な。自分の姿を消す魔法だけを習得し、それ以外の資質を全て棒に捨てた。暗殺にはそれで十分。

誰かの命を受けて、(――誰の命かは知らない。興味も無い)華やかな宴に紛れたγはゆっくりと獲物に近づいていった。
気配を殺し、足跡を殺し、誰にも触れられず、誰にも見られず、誰にも気づかれずに。

リューゼル・ケーニヒスベルガーは貴婦人と談笑しつつワイングラスを傾けていた。なるほど、確かに行商人にしては気品がありすぎている。聖者という異名も頷けよう。γに取っては何の意味も無いが。

一息の距離に入った。
腕を回し、鋭利な刺突用の短剣を装着する。独特な形状のその短剣は名前をジャマダハルといった。
聖者は死神がそこにいるのをまだ知らない。

死神が音もなく跳躍した。



宴の間に血が舞った。
だが、胸を貫かれたのはリューゼルではなく、間に飛び込んできた白の姫だった。

その永遠の一瞬、ネージュの赤い瞳とγの黒い瞳と交差する。
(自分が見えるのか?)
そうでなければこの状況をどう解釈するのか。だが状況を整理してもγは動くことができなかった。
(……美しい)
美しい? この状況で自分は何を考えている?
白の姫の小さな唇が何かを囁いた。悲鳴だったのかもしれない。

当事者達を含めてその一秒は誰もが動くことが出来なかった。
だが次の一秒では甲高い硝子の破裂音が宴の間に響いた。
状況を整理する間も無く、γは意識を失った。


破裂したボスポラス産のワインボトルを握り締め、ルベル・ゲーリングは叫んだ。
「衛兵!」
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