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赤と白の夜想曲 - 2 -

 沢山の人間たちが鉄の鎧と兜に身を包み、ある者は馬に乗り、ある者は徒歩で、槍と銃と旗を携え、隊列を組み進んでいく。
 後方では軍楽隊のドラムやトランペットの音が兵士達の士気を鼓舞していた。
 彼らの頭上を火砲と魔法が飛び交い、城壁と城門を揺らし、傷つける。
 城壁上からは雨のように矢と鉛玉と稲妻が降り注ぎ、彼らの進撃を阻む。だが勝利を確信している軍勢を止めるのは容易なことではない。
「元々モスコーの城壁は低い。帝国の中心として戦乱とは無縁に過ごしてきた」
 ベルトリッチは城壁の上から戦況を見やり、人事のようにネージュにそう解説した。
「中でも最も手薄なのはこの聖レニーン門だ。他の門と違い出城も堀も無い」
「それって、欠陥住宅じゃない」
 戦場にはおよそ不釣り合いな白いドレスの姫がそう感想を述べる。
「寺院区画への門なのでな。外見さえ良ければ実用性は二の次だったのだろう」
「どうするの?」
 梯子やロープを掛け城壁をよじ上ってくる敵兵たち。
 鈍い音を立てて破城槌が城門を叩いた。
「決まっている。攻撃に対して、こちらの損害以上の損害を相手に与え続ける。それだけだ」
「閣下!」
 味方の叫びに振り向くと、城壁の一角をよじ上りかけた敵兵が弩を構え二人に向けているのが見えた。
 同時に弩から矢が放たれ、唸りをあげてベルトリッチの胸へと向かう。
 そして赤の将軍を庇うように前に出たネージュの目の前で、弩の矢が在らぬ方向へと弾かれた。
「––!?」
 あまりの不条理さに驚く敵兵を尻目に白の姫は手をかざし、手首をくるりと回した。手の平に人魂の様な炎が現れる。この世ならざる降魔の炎。
「––インシェネレート」
 手首を優雅にもう一回転すると、炎は敵兵に襲いかかった。兵士は炎に包まれ、もがきながら地上に落ちていく。
 ふう。と、ネージュは絹の手袋を見やり、熱で溶けていないことに安堵した。
「もう戦わないのではなかったのか?」
「いいのよ」
「……そうか」
 さして興味の無い様に装って、ベルトリッチは指揮に復帰した。
 ついに城門が突破されたという報に、赤の将軍は城壁を降りて愛馬に跨がる。
 気がつくと、赤く輝くルビーの魔槍が彼女の手に握られていた。
「私は行く」
「行くって……。私を戦場に置いていくの?」
「お前を殺せる人間などそうはいない」
 不平を漏らすネージュをあしらい、ベルトリッチは兜の緒を締めた。かけ声とともに軍馬がいななき、手勢をつれて戦場となった市街に消えていった。


 自分は何故ここにいるのだろう?
 城壁の上から沢山の人間達が殺し合っているのが見える。
 この世界では強者は弱者から土地を奪い、財産を奪い、命を奪い、奴隷にして栄光を得る。そしていつかはさらに強いものに打ち負かされるのだ。やっていることは騎士も山賊も変わらない。
 あのベルトリッチも自分から恩人や友人や恋人を奪い、戦利品として自分を奴隷にした。
 世界は十分に豊かで美しいのに、戦が無くなる気配はない。
「……ふう」
 ネージュは考えることをやめた。あまり頭がいい訳でも無し。今は生き残ることが先決。そして同時に、先ほどの<火葬>の魔術の影響か、ネージュは身体の奥に暗い官能の炎が燻り始めているのを感じていた。
 手を胸に当て、目を閉じる。意識を研ぎ澄まし、欲望を魔力に昇華させる。

「––強大なる竜帝、空を往き、疫病公の黒き風が地を覆う」
 戦場に歌姫の歌が響く。

「––死と災禍は全てを呑み込み、抗す術も希望もない」
 悲鳴も怒号も、火砲も魔法も、馬の蹄も軍楽隊もその歌をかき消すことはできない。

「––立ち向かう勇者よ、隣の友の顔を見よ。よく覚えておくのだ」
 <魔歌>の歌声はゆっくりと兵士達の精神に浸透していく。

「––親友の顔を見るのは、これが最後になるかもしれない」
 不思議な高揚感が兵士達を包む。城壁で歌うネージュに矢と弾丸が殺到するが、一つとして歌姫を傷つけることはない。

「––見えざる死神の鎌が、その命を刈り取ってしまうかもしれない」
 歌詞自体は皆が知っている。帝国第四軍の軍歌だ。

「「––けれど私は知っている。真の勇者は、死など恐れぬことを!」」
 ベルトリッチの声が歌声に重なった。

「「諸君、勇者となる用意はいいか––」」
 <魔歌>の完成とともに、ベルトリッチが兵士たちに攻撃命令を下す。
 恐怖も、疲れも、痛みも、餓えも、乾きも、良心も、戦いへの疑問すら歌によって麻痺された兵士達がときの声を上げる。
 死の歌声が響く市街の中で、突入した辺境軍と狂兵となった第四軍が激突した。
 優勢のはずだった辺境軍を待っていた運命は、一方的な殺戮。
 ほどなくして戦場となった赤の広場は、その光景を文字通りに再現することになった。
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