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赤と白の夜想曲 - 1

 帝国暦1026年9月。

 この帝国歴という暦も、今や過去の物になりつつある。
 偉大なる古き帝国は内部からの矛盾と腐敗、皇叔の叛乱、属領の反抗、近隣諸国との紛争、魔族の侵入、うち続く天災…ありとあらゆる災禍によって疲弊し、その全盛期に比べ大幅に勢力範囲を狭めていた。
 二十万の人口を擁する帝国最大の都市にして経済の中心地たるここモスコーも、今や叛乱勢力に包囲され孤立している。
 モスコーを守るのは民兵を含めても一万程度の軍団。
 雷をまとった不死鳥の旗を掲げた彼らは帝国第四軍という。
「ヘリケルザムめ。…今はカムブレンシスだったか。平民上がりめ」
 その第四軍の司令官マリア・ベルトリッチは物見の塔から外を見下ろし、無感情にそう呟いた。
 寄せるのは色とりどりの叛乱諸侯の旗。数だけで守り手の数倍であり、諸侯の軍勢を纏めているのは炎をまとった狐の紋章。帝国でも最精鋭と呼ばれる第六軍の旗である。その光景は誰の胸にも、帝国の終焉の予感を感じさせた。
「…さりとて良い知恵も無し」
 深紅の軍衣に身を包み、炎の女とも鉄の女とも呼ばれた彼女だが、その思考は凍てつく帝国の冬の様に冷徹に…いかに効率よく敵と味方を殺すか。そしていかに玉砕まで時間を稼ぐかという負のベクトルに計算を走らせていった。
「いざとなればモスコーを灰にすることも考えねばなるまい」

 状況は極めて悲観的だった。
 諸侯軍は魔法や火砲の届かない位置に陣取り、モスコーへの封鎖を行っている。
 包囲される直前に近隣から物資の徴発を行い、ある程度の食料の蓄えを確保したものの、多すぎる人口を抱えるこの都市は包囲が長期に及べばたちまち飢えるだろう。
 第四軍の練度や士気は衰えてはいないもの、動乱初期から連戦、転戦を繰り返し、そして運悪く苦戦と敗戦を迎えており、騎士達、兵士達には疲労の色が濃い。
 そして帝都からの連絡は途絶えたままである。

 塔から降りた将軍を五、六人の騎士達が出迎えた。第四軍古参の千騎長や百騎長達が彼女の指示を待っていた。それぞれの報告をもとに新たな指示を下しつつ、ベルトリッチは気づいた。
 夕暮れのモスコーに響く妙なる歌声。
 ベルトリッチが傍の騎士を見やると躊躇いがちに彼は答えた。
「…姫です」

 不安。悲しみ。恋心。希望。安らぎ。
 魔力を纏った歌姫の歌は遠方まで届き、聞く者の心に浸透する。
「…何をしている」
 歌が止まり、豪奢な白髪が揺れ、血のように赤い瞳がベルトリッチを捕える。
「見れば解るでしょう? 歌を歌っているの」
 ネージュ。
 失うものしか無かった一年前のカウナス侯領の叛乱鎮圧での、唯一の戦利品。
 魔族の姫君と言っても信じられるほどの美しい少女。
 魔族の、とつくのはその人間離れした風貌から。
「安易に<魔歌>を歌うなといつも言っている」
「だって歌姫ですもの」
 白いドレスの少女は悪びれずにそういうと、赤い軍衣の女の手を取った。少女はベルトリッチを恐れない。
「帰りましょう。おなかすいちゃった」
 ベルトリッチは何か言おうとしたが、代わりにため息をついて歩き始めた。
 彼女は気づいてもいなかったが、ネージュの歌は確かに心地よかった。
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Comments

あれ?1になってる

時系列的に離れ過ぎているので仕様です。
舞台がカウナスでもないし。

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